2013/04/03(876) 『先月31日で、天真庵がまるまる6年を修了した。・・・ 』

先月31日で、天真庵がまるまる6年を修了した。

「ねっと31ライブ」に、ネット21時代からの仲間が集まり、林さんの「アラ アソココ」という4人のさわやかおじさんバンドが、ビートルズなどをやってくれた。4人で250歳。

まだまだ若いもんには、負けないぜ、というような気骨あるサウンドが、うらぶれた十間橋通りに鳴り響いた。まさに青春とは心の若さなり。ぼくも若者やばかものに負けないさわやかおじさんをめざしたい!

というわけで、4月から中学生になる。相変わらず、朝はやく起きて「びん棒」を振り回しながら蕎麦粉を打ち、ガラガラとお経を読むようなリズムで手回し焙煎機をまわし、石臼で粉にし、「ほぼぶらじる」を入れる日々。日々好日也。粒々皆辛苦に感謝する毎日。

先日「雲与橋」という小雑誌が届いた。大分県中津市耶馬渓町の下郷村http://www.facebook.shimogoumura という人口1691人の「いのちき」(生計・たつき。暮らすより生きる、みたいなニュアンス)耶馬渓、「やばけい」という。「青の洞門」で有名な風光明美な桃源郷。禅海和尚が托鉢をし、ノミと槌で30有余年の歳月をかけて掘った洞門。菊池寛の「恩讐の彼方に」はその逸話を題材にしている。

ぼくらの幼き時代は、修学旅行の定番の場所だった。

今年の正月休みに、父の米寿を祝った翌日、耶馬渓の豆岳珈琲にいった。

この小さな場所に若い夫婦が東京から移住して、小さな小屋を築き水も自分たちでひき、山で自給自足に近い暮らしをしながら、カフェを営んでいる。

ここが、この村の発信基地であり、彼らがカフェを開いてから、19組の若者がこの村に移り済み、「田舎暮らし」をしている。

そのひとり、戸倉徹くん(33歳)も「山の暮らしアレコレを教わります」というコラムで紹介され、チェーンソーを使ってしいたけのナバ木をかやす作業を、村の先輩に教わっているイキイキした写真が紹介されていた。

彼は移住する前に天真庵の「お花の教室」をのぞき、新婚旅行よろしく練馬から九州に移住した。彼らがデザイン関係の仕事をしていたこともあり、この小雑誌がセンスよく東京に里帰りしてきた感じ。

311以降、「これまでの人生」と「これから」が、別のベクトルになったような気がする。

今日と明日が同じ、というより、違っていて、「毎日が一生」だと思うほうが、新鮮で、毎日毎日の生・滅・生・滅の刹那の繰り返しの呼吸のひとこまひとこまを、じっと見つめていられるようでいいような気もする今日このごろ。

昨日の閉店間際、降るし切る雨の中をひとりの女性がのれんをくぐり、カウンターに座って「ほぼぶらじる」をゆっくりと飲みながら、「3年ぶりだけど、何も変わっていないのがいいね」 といった。

彼女は京都の山の中に住み、スペインと日本を往復しなら「声のヨガ」を教えながら、夫のカルロスのバーンスリーとインドの古典音楽を演奏している中村徳子さん。

4月7日(日)に、西荻窪のほびっと村(03-3332-1187)で声のヨーガをやる。

スペインからもどってくる翌日7月11日(木)には、天真庵でもやることになった。

インドの音楽は、ドレミではなく、サ、レ、ガ・・というらしい。

「ヨガというのは、特別な身体能力があって、特別な呼吸法で・・ってみたいなところがあるけど、毎日繰り返される日常の中で、何か一呼吸を掴む、そんな意味だと思う」といった。

友の遠方から来るあり、で、お互いの変わっていないのを喜びあえる、というのは、毎日毎日同じような繰り返しの中に、「道」みたいなもの見つけようとするもの同志の阿吽の呼吸みたいなものか。

「人知らずして慍らず」が沁みる道ではあるが。

感謝・野村拝