2013/06/05(885) 『豚もおだてりゃ木にのぼる、といいますが、・・・ 』

豚もおだてりゃ木にのぼる、といいますが、押上村の古刹・春慶寺の蕎麦会でおだてられ、ままよ、っとホーチミンまで蕎麦打ちにいってきました。

先日現地のフリーペーパー(アット・サイゴン)がおくられてきて、「海を渡った手打ち蕎麦会」として紹介されていました。

♪包丁いいっぽんさらしにまいて・・・

のし棒をさらしにまいて、空港では「釣り?」「剣道?」とかいわれたりしたけど、なんとか無事に蕎麦打ちを伝授してまいりました。

空港に降り、まずびっくりしたのが、道路を走るバイク。

50ccのHONDAのバイクが、左右関係なく歩道まで走っていて、二人三人乗りあたり前、家族四人や、看板やイスなどの家財道具も積んでどこゆく風よろしく走っている。「やるね」といった感じ。

「ベンタイン市場」で洗礼を受ける。「食」を通じて、命が紡がれ、文化や芸術や生活が成り立っていく。

「バオ、ニュー?」(おばちゃん、これなんぼ?)と聞きながら、命がけの会話のキャッチボールを通じて、現地の人とふれあっていく。

旅のだいご味ここにあり。

「緑米」をゲット。ベトナムでは「食べる」こを「アニ コム」という。コムは米。やはりここは肥沃な瑞穂(みずほ)の国なのである。

少しのどがかわいて、マジェスターホテルの屋上のバーで「333ビール」を飲む。

ベトナム戦争の時に、世界の報道陣たちが泊まったホテル。開高健も従軍記者としてここに滞在し、このバーで酒を飲んでいたらしい。ちなみに「3」は「バー」という。333ビールは、「バーバーバービール」。

「スケベ」のことを「バー ムイ クム」というらしい。このメールを読んでおられるばばさんや、助平さんたちは気を悪くしないでほしい。

最初にいった夜のベトナム料理のお店で、「東坡肉 (トンポーロー)」がでてきたのに感激。やはりアジア人のもてなしは、牛や鳥よりも豚にある。

中国の詩人蘇軾(号が東坡)が、粗食ではあったが、ときどき友が遠方より来たりすると、作ったのが始まり。彼の詩「食猪肉(豚肉のこと)」という詩に、豚のうんちくなどが書 かれている。

「春宵一刻千金」というのが世界的な詩人にした代表作だけど、やはり食と無関係な芸術など、この世には存在しないのだ。

最後の蕎麦会の前に、「クチトンネル」まで観光にいった。

ベトナム戦争の時の戦場であり、地下に掘った穴の中で、アメリカに屈することなく勇敢に戦い、晴耕雨読のように休戦の時には、フルーツやゴムの木の手入れなどをやっていたクチの人たちの営みが見れて、最高の観光ができた。そこの茶店で、「タピオカ?(いも)」をふかしたものをたべながら、笹茶をていねいに急須から茶たくのついた茶碗についでもらった。

ここにもアジアのもてなしの源流を見た。お隣の韓国や中国とは、あまりうまくいってないけど、みんなが「茶のこころ」を思い出し、もてなしのこころで接していけば、TPPとかあやしげな手段ではなく、平和なアジアが実現できるのではなかろうか。

毎日びん棒というのし棒を振り回しながら、蕎麦を打ったり、珈琲を焙煎したり、お茶を楽しんだりしていることを、旅先でやっただけのことだけど、「旅」の中だからこそ、発見できたり気付いたりして感動することしきりの毎日だった。

眠れない時のための旅枕のかわりに、夏目漱石の「草枕」をもっていったけど、いたる処に青い山を発見したり、風雅を感じたりするのが、人生という旅の最高のおくりものだと感じて「草枕」もできたのだろうと思う。

まだまだ旅の途中ではあるけど、未知なる旅を楽しみながら、いろいろな人やものと邂逅したいと思った。

     天恩感謝・野村拝