2013/08/30(897) 『宗像。「そうぞう」と読む人 ・・・ 』

宗像。「そうぞう」と読む人が多いけど、「むなかた」と読む。

週末の「ガイアの夜明け?」という番組で「道の駅」が特集された。

半分くらいが、ふるさと「むなかた」(宗像)の「道の駅 むなかた」だった。年商19億で九州の道の駅では一番らしい。

宗像というのは、宗像大社の神域で、 昔から大陸との海の交易や文化の交流が深い場所で、仏教を学びに海を渡った弘法さんも「おかげで、無事にもどってこれた」といって、高野山を立てる前に鎮国寺というお寺を隣にたてた。

日本海海戦に勝利した時も、「おかげ」でということで、東郷元帥が三笠の羅針盤が奉納されたりした。

日本の歴史の「へそ」みたいな場所。「道の駅」でさかなを買うと、特に夏は寄り道ができないので、宗像大社や鎮国寺 などに立ち寄ることもできない。

近くにお店ができても、「はやく家に」よろしく、相乗効果もあげられない。

なんか「ゆとりのない」昨今の日本人の縮図みたいな一面も垣間見られる。

出張に博多にいった時に、宗像へ足を延ばすのは大変だけど、できたら一度いかれて見たら?

宗像大社のまわりの景色の中には、いまだに「古墳」が見られ、太古の日本の風景らしきものもある。

鎮国寺には、まだお大師さんの息使いが感じられたり、太古からあるハス(オオガハス)の姿も見れる。

おすすめは、「許斐山」(このみやま)に登って玄界灘の方面を見る。地球(ガイア)のルーツに波動する魂がブルブルと震える音が聞こえるはずだ。これがまことのガイアの夜明け。

宗像大社はアマテラスさんの三女神を、沖ノ島、筑前大島、むなかたにそれぞれ祀っている。

昔から女の神さまが嫉妬するといって、女人禁制を基本としている。今みたいに女性の強さが目立つ時代には時代おくれの気もするが、もともと九州は卑弥呼やアマテラスさんたちが支配する「女系社会」だった。

女房のことを「神さん」というのも、太古からのならわしである。頭があがらない。

感謝・野村拝