2014/02/12(921) 『昨年の1月の大雪の日は、ベランダで・・・ 』

昨年の1月の大雪の日は、ベランダで子育てをしていたチビという名の野良猫と、一週間後に里親がくるのを楽しみにしていた福(4匹の子猫で最後ののこりもの)が死んだ。

多いときは、7匹もいた猫で「休符」という白黒くんだけが残ったけど、スーパームーンの日に、薩摩琵琶のリハーサルを聴いた後、前の通りで横断中に車にぶつかって死んだ。

最近は界隈の古い民家が壊され、建売住宅がバンバン立ち、空き地が少なくなってきたので、このあたりも猫にとっては住みにくい土地になったみたいだ。

昭和20年に建った今の天真庵の建物は、今年で69年になる。

相変わらず冬は隙間風が寒く、営業中は石油ストーブふたつと、手あぶり二つに炭を入れ、お客さんの椅子には毛布を置いて暖をとっている

。でも昭和の時代がそうだったように、貧乏はしていても心は錦で、寒くてかじかんだ手を炭火に近づけると、こころの中までポカポカとしてくる。

毎日のように勉強会があったりするので、土鍋に利尻昆布を投げ入れ、大根を入れて「ふろ吹き大根」をするのが日課になってきた。

これに手前味噌で、蕎麦味噌や豚味噌や胡桃味噌などをのせて、錫のチロリで白鷹や菊正を熱燗にして飲むと、もう一杯飲むと死ぬ、といわれても、躊躇せずに飲むくらい美味い!

気のおけない友と酒や茶を楽しむ日々是好日。

今年は3つ新しいことを始めた。

ひとつは「長屋で女史会」。某女子大の先生にご足労願って、2月3日に開校。

不思議な邂逅で出会った常連さんたちと机を並べて、女性の歴史を、英語や俳句などの蘊蓄を交えながら、チーパッパ、チーチーパッパと始まった。男子禁制の教室に下駄をならしながら数名の男子も参加。

まさに、♪雪の朝 二の字二の字の 下駄の後だ。

次回は3月3日。あくまで女性優先の勉強会。

ふたつめが「普茶料理風の蕎麦会」。

二階で始まった「無茶しぃの会」という煎茶を楽しむ会の延長で、一日一組で黄檗山万福寺に隠元和尚が伝えた「普(あまね)く、大衆に茶を施す」という縁起からきた精進料理風の蕎麦会が始まった。

昨日も、「小村井(おむらい)の梅園を見た後、二階でお茶会をやりたい」という女性たちが、見てきた梅園を季語に一句ひねったり、二階の茶道具の品評をしながら蕎麦会を楽しんでいかれた。

清貧だったけど、自然を愛で、毎日のなにげない日常の中に小さな幸せを感じながら生き暮らした文人の精神性みたいなものが紡がれていくのがうれし。

三つめは「なんとなく鮨を喰う会」

昨年春慶寺で蕎麦打ちをやった。その後に同じく蕎麦を打った先輩がいた。

今年75歳になる佐賀の人。昭和31年、高校を中退し、家出同様で上京。

東京駅に着いた時に財布の中には「13円也」だったそうだ。それから寿司屋に住み込みで働き、渋谷で3年屋台をひき、「佐賀」という居酒屋を渋谷のセンター街に開いた人。

筆舌がおよばぬ茨な人生と、ほろりと泣ける話と、彼の人生そのものの慈悲深い鮨をカウンターで8人で楽しんだ。「鮨とは、主人ごと喰らう」とはよくいったもんだ。

ガンと闘病中で医者の治療も拒否しながら生きておられるので、彼の体調と相談しながらになるけど、3月も後半にやろうと思っている。

立春がすぎて、梅は咲いたけど、まだまだ寒い日が続きそうだ。

世の中は混沌としているけど、なにもないような人生はおもしろくないので、心の置きどころをかえながら、激動の時代を満喫しながらいっしょに旅していきましょう。

それこそ最高の「観光」かも。一瞬先は「光」。

              感謝・野村拝