2015/04/01(980) 『「ながや」がスタートした。・・・ 』

「ながや」がスタートした。

2007年の本日4月1日に押上の天真庵がスタートして8周年を迎えた。

「一年もったら、ジャズの演奏をプレゼントする」といい、ジャズピアニスト荒武裕一郎のライブをプレゼントしてくれた親友のワカこと吉若徹さん。

それから歌姫・国貞雅子やKazuko・Baba、大石学やそのゆかりの外国のジャズマンなどが、天真庵でライブをやってくれるようになった。

大石学さんと同じ下関西出身の山根孝司さんがN響のクラリネット奏者であることも不思議つながりで、信じられないアーティストたちが古色蒼然の長屋で、コンサートを開くことも重なり、知らぬ間にずいぶんと一期一会の
貴重な体験をさせてもらってきた8年。

大学でいうと、院も終了し、これからはまさに隠居かも。

先月には、兄弟店みたいな「ながや」がスタート。小田原の先の早川という駅前にできた。

早川漁港から徒歩2分という魚料理の名工としてはこの上とない好立地にお店を出した。

彼とは、青山の器屋で出会った。久保さんの織部の葉皿を、買おうか買うまいかしているようなところに出くわし、声をかけたら、銀座の吉兆で修業中とのこと。ちょうどこちらも天真庵を池袋び結び、若いアーティストたちと遊び始めたころで、ときどき「味楽会」という場で、料理を披露してくれた。

締めは、打ち始めたぼくの蕎麦だった。ある日、彼がぼくの師匠に蕎麦を習いたいと相談にきた。

不思議なことだけど、その時、広島の師匠から電話があった。あとにも先にも電話はそれっきりだったけど、その一本の電話に「そちらからの電話で申し訳ございませんが、隣に座っている若者を紹介させてください」といって、長屋くんを紹介した。

その縁で彼は、広島の達磨で蕎麦を習い、達磨さんゆかりのパリの「YEN」という名店で料理長を務めた。

「巨人・大鵬・卵焼き」ではないけど、ぼくは卵焼きが大好き。

メニューにはないけど、「蕎麦屋の卵焼き」という隠れた人気メニューがある。

それは、長屋くんに教えてもらった。卵焼きと出汁と少しの砂糖だけのどこでもあるレシピだけど、彼に教わった後、毎日焼いてなんとか「もの」にしたものだ。

「普通のこと」が普通にできることは、すごく豊かなことだと最近思う。

「ゴマ豆腐」も彼に教わり、「キンプラ」なる秘密の道具までいただき、お店ではそれで「そば豆腐」を作っている。あきないとはよくいったもので、同じことの繰り返しをあかずに続けてこれたのは、いろいろな「おかげさん」である。

昨日ぼくの一番若いそばの「おでしさま」が、吉祥寺でのファッションショーを無事終了し、お店にきてプチ打ち上げをやってくれ、卵焼きを所望した。身を乗り出しながら、所作を見ているので、長屋くんに習ったように、彼に伝授した。

きっと何年か先に、また彼が「普通の卵焼きを食べる幸せ」を縁ある人に伝えているに違いない。そんなどうでもいいような日常のひとこまが楽しいと感じる今日この頃。日々是好日なり。

20年続けてきた個人的なメルマガを昨年末でやめることにした。これもどうでもいいようなことだけど。

長いこと勝手に送られてきた駄文を読んでくれた友人たちに・・

感謝・野村拝