第005話 『 京都の猪田さん 』

シャンクレールでは、あまり珈琲は飲まなかった。はっきりいって、あまり美味しくなかった。自分は下鴨神社の糺の森の近くの「からふねや珈琲」の本店で修行していた。

正確にいうと、19歳の時に、本店をまかされた。とても厳しい修行だったけど、その後の人生、とくに経営者としての「あり方」みたいなものを、学んだと思う。今は、からふね屋も名前を変えて、大きく展開しているようだ。からふね屋よりも老舗の珈琲に「イノダコーヒー」というのがある。京都の人は「イノダ」といい、イノダの発音も、標準語のそれ、とは少しちがう。

イノダ三条店の円形のオープンカウンターの顔であり、京都、いや日本中のコーヒーファンの顔だったのが、猪田彰郎さん。「そうだ、京都に行こう」のテレビCMにも参加されていた。京都時代も東京にきてからも、外で飲むコーヒーは、ほとんどが彼の入れたコーヒーを飲みにいった。白いホーローのポットにこし布をかぶせ、そこにレードルみたいなもので、さらっと、まるで、お湯を静かにおく、という感じの入れ方だった。

ぼくのドリップは、銅のパンだけど、呼吸は彼の所作に影響をうけた、と思う。時々上京されるときには連絡をいただく。文化服装学園の文化祭でも、何度かお会いした。こんどは「文花」の「長屋茶房」にお呼びしたいと、思っている。ぼくが勝手に「珈琲道の師」だと思っている人だ。引退されて、かれこれ10年になる。ぼくは、25年ぶりに、現役復帰。