大塚に江戸一という格調高い居酒屋がある。毎日5時から開店して常連さんたちは、コの字カウンター の自分の位置に座る。私はコの字の端っこあたりが好みだが、いつも空いているとは限らない。40年近くたって古色のついたむくのカウンターの上には、同じように暦を重ねた折敷(おしき)が並ぶ。
一般的なここの定連さんの流儀を紹介する。(このお店のお客の7割近くはひとりでくる) のどが渇いていたら、小瓶のビールを所望する。それを酒肴の突き出しで飲む。ビールは残すと「もったいない」という女将の言葉を頂戴することになる。酒肴も同じ。「もったいない」。夏でも、このお店のお客さんは「燗酒」を飲む。銘柄は、白鷹のたる酒。「白鷹の熱燗!」とか「白鷹を人肌!」とかいって注文する。それを女将が、ええかげんの温度で出してくれる。
薄地の白磁の徳利の首をつまんで、上手に独酌する。(もたもたすると、こぼれる。練習するほどではないけど、 この辺りは、各自で習得してもらいたい)そいて、タイミングを見て、酒肴を頼む。私は「しめさば」とか「久里浜の蛸」が定番。折敷に収まるようにひとり一品づつ注文うるのが流儀。(難しいことをいってるようだけど、お店の人、お客にとっても、酒や、酒肴にとっても、喜ばしいこと)
そして、徳利が空になってから「もう1本」を頼む。この時、よく徳利を振って中身を確かめる輩がいるけど、 あれは野暮ったい。
空になった徳利は目の前に並ぶ。酩酊してくだをまいたり、知らないお客さんに無理に話かけたりするお客さん は、この店には似合わない。「鏡屋敷」みたいに、カウンターの向こうには、模範になる酒のみがいる。最近、「食育」という言葉が流行っているけど、ここは「共育の場」。
お客さんがお店を育てる、お客さんがお客さんを育てる・・・・「酒」とか「蕎麦」とか「珈琲」を扱うお店は かくあるべきだと思う。時間はかかるだろうが、「天真庵」の目標もそこにある。