昨日の朝、携帯がなった。
「ふ~助」からだ。名古屋の動物園の近くに、「そば切り ふ~助」という蕎麦の名店がある。
開店が2007年の春で、天真庵と一日違い。
無駄のない縁でつなっているようなお店だ。
電話にでると、女将さんの声で「今日、うちのアルバイトだった〇〇子が、天真庵にそばを手繰りにいくそうなので、よろしく。金沢出身で美人でいいこ」とのこと。
まったく、そのまんまな、加賀美人がカウンターでそばを手繰りにこられた。
尾張名古屋は城で持つ、という言葉があるけど、「蕎麦屋はかみさんでもつ」と昔から言われる。
そもそも蕎麦屋のおやじというのは、少し偏屈や頑固な男がやっている場合が多い。
気にいらぬお客に対しては、「二度とくるな」
という顔をしているし、はっきり声に出したりする主人もある。
そんな頑固親父の酸性気質を中和してくれるのが、女将さんの役割だ。
先週もその女将が天真庵にくるなり、ピアノの上に飾った花を見て「シャクヤクきれいだなあ」と独り言のようにつぶやいた。
知ったかブッタの場合は「ねえ ねえ これシャクヤクでしょ~ 私花を習っているからわかるの ボリボリッ」となる。
百年の恋も、ちょっとした知性も台無しになる。
花に関心のない人よりましだけど・・
「立てば芍薬(シャクヤク)座れば牡丹歩く姿は百合の花」
美しい花を形容しているのではなく、所作、つまり立ち居振る舞いの美しさを表わしている。
名古屋といえば、「エビフライ」や「味噌煮込みうどん」が主流だと思っている人が多い。
いやいや蕎麦が美味い店もけっこうある。
「ふ~助」にいき、蕎麦を手繰ってみると、「なるほど」と合点がいくはずだ。
カウンターでふ~助と談論風発しながら飲む時間は格別である。
旅先で美味い蕎麦屋の出会い、そこの地酒でそば前をやる。
そんな至福なことはない。
感謝・野村拝