寒山拾得美術館 (Kanzan Jyuttoku Museum)

「能登の志賀町に、「寒山拾得美術館」があります。」

 


メディア紹介 hokkokushinbun

 北國新聞 令和元年8月1日


テレビ金沢2019年9月25日の「となりのテレ金ちゃん」に紹介されました。


 

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「関野鼻、ヤセの断崖、義経の舟隠し」や懐かしい棚田の近く。
まさに里海里山の小さな美術館。

寒山拾得の絵を展示し、煎茶を飲みながら談論風発する癒し場です。

テーマは相語相笑「相(あい)語り相(あい)笑う」

    野村南九。

 

 

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平成30年10月16日 寒山拾得美術館の初日の朝。歩いてすぐの

里海を散歩していたら、虹が水平線に二重になっていました。

能登の大自然と一体になって、新しい一滴がここから始まりそうです。

感謝。

 

 


天真庵歴


  

ここから天真庵がスタートしました。

  

南條先生の親友・生井厳さんの尺八。 ライブが始まる原点かも・・・

  

チワワの元気くんが家族になりました。

  

このへんの作品、特に屏風などは、元気のしっぽでつくった筆で描いた

  

この年はニューヨークで個展をやりました。

  

翌年にニューヨークでテロ。Tシャツ100枚に寒山拾得を描いて、売り上げをニューヨク市に寄付しました。

  

隣の家に移って天真庵が再スタート

  

芸術家やボクサー・・多士済々の人が集まり始めた

  

華道や茶道関係の人たちとも縁が

  

自分も煎茶道をたり写真をしたり

  

「ながや」の店主長屋くんが、吉兆で修行した料理をつくってくれた。

  

2007年4月から押上天真庵を結ぶ

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2018年能登志賀町に「寒山拾得美術館」オープン

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新しい時代を前に、私たちは悲喜こもごも様々な思いに振り回されています。
「いったい、何のためにいきているの?」「本当の私って?」人は本来あるべき姿、あるがままの姿を模索し始めているのではないかと思います。

南條観山画伯の描く 寒山拾得は、人それぞれが本来持つ、こだわりのない奥ゆかしさ、純粋無垢なやさしさみたいなものを呼び覚ます何かを持っています。絵画を通じて、南條さんの生涯を貫く信念に触れ、人生における芸術の真・善・美の意味、 さらには新しい時代の豊かな生き方を模索していきたいと思っています。

 

「天真」

筆と巻物を持ったぼくが「寒山」。

重巖に住み寒山詩を残した詩人で、文殊菩薩の化身です。

箒を持った相方が「拾得」。

豊干禅師に拾われお寺のまかない係(典座・てんぞ)です。

実践的で普賢菩薩の化身といわれています。

求めない___

すると本当の自分(天真)に会える

人に頼らない

人と比べない

人のせいにしない

____それが 天真を愛す

 

 

「相語相笑」

語りあったり 笑いあったり

学びあったり 気づきあったり

励ましあったり 楽しみあったり

自然によりそう暮らしになると、相が「愛」になる

花や鳥や虫たちと楽しみあったり、慈しみあったり、

「本当の生きる楽しさ」を知ることができる。

 

 

「富貴」

 

自然によりそう人は

いまの自分に満足する。

それが本当の富貴。お金では買えない「ゆたかさ」

 

 

「本来無一物」

オギャーと裸で生まれて 何も残さず死んでいく

無一物中無尽蔵ともいう。

この大地いっぱいが、私たちや、鳥や花を咲かせ、

生きとし生けるものの命を育んでいる。何の不足もない。

寒山拾得の一番の教えはこの「足るを知る」ことだと思う。

 

 

「四睡図」

寒山・拾得・豊干禅師・寅が仲良く眠っている姿を「四睡図」といいます。

今一番大切な「つながり」を表わしています。

 

 

 

 

寒山詩に「白雲は幽石を抱く」という有名な詩があります。

里山の深く巨岩が重なった処にやっと居場所がみつかった。

鳥たちだけが渡るような険しい場所で、人のいない静寂な場所。

そこには、白雲が大きな苔むした岩を抱くように漂うだけだ。(白雲抱幽石)

俗塵の中にいる人に伝えたいことは、富貴栄誉なんてつまらぬ夢はおわないことだ。

なんの益もない。自然に寄り添い「ただ生きる」ことが肝心。