第013話 『 セシル・モンロー』

天真庵を作っていた2007年の新春。見たことのない風貌だけど、前世から友だちみたいな顔をした黒い顔の背たかのっぽの人が、ぼくの前に現れた。
「この街にはない洒落たお店ができそうでうれしいよ」と、流暢な日本語で話しかけられたのが、最初の出会いだった。

彼はいつも、緑色の車にのって、天真庵の裏の駐車場からでていった。しばらくして、街の人に、「彼は有名なジャズドラマー」だということ知った。

2008年の正月。初めて「年越し蕎麦&カウントダウンのだらだら忘年会」が終わり、新しい年を迎えたとき、「あけまして、おめでとうございま」と、丁寧な挨拶をされた。その時に、「この街に天真庵を結んでよかった」とこころから思った。

その年の4月1日。つまり天真庵の一周年を、親友のワカ、こと故・吉若徹さんが、お祝いにジャズピアニストの荒武くんを呼んで祝ってくれた。みなが陽気に酩酊して「天真庵にピアノをカンパしよう」と叫んだら、近所の奇特な人が「母が使っていたカイザーというピアノをもらっていただけませんか」という話になり、無駄のない縁で、昭和35年生まれのカイザーが天真庵にやってきた。

その日、セシル・モンローが、うれしそうに「いいピアノがはいったね」と、喜んでくれた。

そして、そのピアノにまたまた無駄のない縁で繋がった音楽家たちが、ぞろぞろやってくるようになった。

その年の7月の墨田川花火大会の日、はじめて「ゆかたライブ」をやった。ミュージシャンのもにじんさん、お客もみな浴衣(もしくは甚平・作務衣)で、下町の夏を楽しむ会が始まった。次の日、モンローさんが、やってきて、「焼酎!のロック」といって、カウンターに座った。「昨日は、浴衣の美人がいっぱいいたね」とのこと。
「ぼくは仕事だったけど、オフだったら参加したしたかったよ」とのこと。

それから、毎年「浴衣ライブ」は、墨田川花火大会の日に、やり続けた。今年は大震災があり、花火大会は8月の27日になった。
震災の直後、「アドマチック天国。に、天真庵もセシルも紹介された。彼とカウンターごしにかわしたジャズ談義は残念ながら放映されなかった。後で、彼の盟友であり、ジャズピアニストの大石学さんに聞いたら、「天真庵のマスターとの話がオンエアーされなかったのが残念だ」といっていたそうだ。まったく同感。

今年の8月20日(土)、「墨田ジャズフェスティバル」の日。インターバルの間に、大石学さんとセシル・モンローが、カウンターに座った。セシルのラップが入っているCDを聴きながら、芋焼酎のロックを飲んだ。そして時間がせまってきたので、うちのかみさんが車で、2人をフェスティバルの錦糸公園までおくった。それがセシルとの最後になった。暖簾をくぐり、出て行くとき、大きな体を丸めて、踵をかえし、「これからも大石さんをよろしく」といって、ウィンクをした。反射的にぼくも下手なウィンクをして、「OK」といい、握手をした。

次の週、隅田川花火大会の日。彼はオフで、息子と千葉の舘山でボディーボードを楽しんでいたが、台風の影響による高波にさらわれて、あの世に旅立っていった。きっとその夜は、浴衣をきて、天真庵にくるはずだったに違いない。

いまだに、彼が召されたことが信じがたくて、駐車場や彼の家の前で立ち止まることがある。いつものように「ハーイ”!」とハイタッチに負けないようなテンションででてきそうで、しかたがない。

死んだワカやモンローさんとは、自分も死んでからでないと会えないのだと思うと、気が遠くなる。でも毎朝、蕎麦を打つときに、モンローさんのCDを聴いたり、ワカの写真を見たりしてると、今でも、こころが通じる気持ちになる。きっと、生きること、死ぬこと、というのは、同じ次元のことではないかとも思う。
つかの間のこの世の旅の途中で、稀有ジャズ好きの親友ふたりに出会えた縁にこころから、感謝。        天恩感謝。

 


「セシルの押上ブルックリン」 詩・野村南九

路地裏の 陽だまりに 猫がまどろみ
子供たちが 滑り台で 空から降りてくる公園
大きな体を揺らして モンローウォーク
君の陽気な笑顔は 下町の花だった
BlueSky SkyTree 夕焼けが似合う空
セシルが歩いた街 押上ブルックリン

十間橋通りにある 長屋のカフェ
テラスのベンチで 黒霧オンザロック
おきまりナイトッキャップさ
カウンターの木をたたいて ファンキードラムス
君の刻むビートは やさしい語り部だった
Sakasa-tree Motunabe
川風涼やかな通り
セシルが歩いた街 押上ブルックリン

隅田川のほとりから  花火があがり
小さな秋が そこまできそうな夏の日に
静かに旅立った
オンボロ車を運転して 風邪のように走っていった
華やかなお祭りに   涙雨がつめたく降っていた
Here Now ここに居るよ
涙が似合わない街
セシルが歩いた街 押上ブルクリン

福神橋のたもとの 小さな神社
オトタチバナ姫が 祀られている
美しいおとぎ話がある
一滴の水が 海にかえっていくように
草木が土に もどっていくように ぼくたちも・・
人はひとりで生まれ 一人で死んでいく
つかの間の旅人さ
セシルが生きた街 押上ブルックリン

ワカも歩いた ジャズが似合う街