いろいろなイベントを消化してきた。
山根さん、宮坂さん大宅さんたちのすごいコンサートと書の展覧会も終わった。
あとは、明日年越しそばをうったり、打ってもらったりして今年の仕事が終わる。
そばやからもらってきたダイコンや友だちがつくる無農薬の野菜、お花仲間の坊さんがつくった「えびいも」みたいなやつ、bunkanの連中がくれた里芋の茎、東西南北という居酒屋のおやじがくれた立派なれんこん・・・・いろいろなものがベランダに並ぶ。典座よろしく、厨房の中で、これらのものの料理を考える毎日。のこrったものは、今日bunkanにもっていった。
煎茶の世界に普茶料理というのがある。黄檗山の隠元和尚がお茶や禅といっしょに日本に伝えたもので、京都には、普茶料理のお店が何軒か残っている。
大皿にのせて、みんなでわけあいながら食事をする、というスタイル、いわば中華料理の原点みたいな精進料理。
精進料理ではないけど、夜の勉強会の蕎麦会は、そんな形式をとっている。
来年は、すこし煎茶のスタイルも取り入れたいと思っている。
でもつきつめていくと、都会ではできないことばかりなので、田舎にひとつ「寺」みたいな拠点をつくりたいと思っている。
これから、田舎も都会もたいへんで、どちらにいても右往左往するような状態になりそうだ。ならば、両方をバランスよくやりながら、橋渡しみたいなことをできたらいいな、と、思っている。
「食」とつながらない芸術なんてありえないし、土や農とつながらない料理人もありえない。「土を喰らう」という原点に挑戦していきたいものだ。
いろいろなものが混沌としてきたけど、「帰山」ではないが、自然とよりそいながら、これからの生き方を考えていく時を迎えているように思う今日このごろ。
乱世みたいな世のなかだけど、こんな混沌の中だこそピカッと光るものがあるはずだ。
希望・野村拝